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遺骨返還、韓日友好の礎 2008/01/23
戦争時代、朝鮮人でありながら日本軍人・軍属として徴用され、死亡した人の遺骨が1月22日韓国の遺族に返還されるという。東京・祐天寺に保管されてきた101人の朝鮮出身の戦争犠牲者の英霊が母国に返されるのだ。韓日が公式的な合意を通じ、遺骨返還をするのは初めてで、歴史的な意味を持つことであるのは間違いない。
2004年12月ノムヒョン大統領と小泉首相との鹿児島首脳会談で約束されたことであるとは言え、実行されるかどうか半信半疑だった。その後、韓日関係はジグザグに行進してきたのであり、いつどう変わるか予測がつかなかったからである。
それが、福田政権に変わりやっと昨年12月21日、韓日の実務協議で決まった。22日、日本政府は遺族を招き、祐天寺で追悼式を開くそうで、感慨深いと思う韓日国民も少なくないだろう。
ただその内容に不備な点が目につく。まず祐天寺には韓国の軍人・軍属704人の遺骨と北朝鮮の戦争犠牲者431人の遺骨がある。その中で今回返還される遺骨は、遺族が確認した288人中101人(韓国人)のものである。ごく少ない量で、調査が進んで、残りの遺骨もはやく返還されなければならない。
そして、日本国内でも不満の声があることを指摘せざるをえない。「強制動員真相究明ネットワーク」。
○ 遺骨の返還にあたっては、遺骨は、遺族にお返しをし、遺族の意向を尊重すること。
○ 遺骨の返還にあたっては、国が強制動員し死に至らしめた政府の責任として、謝罪と 弔慰を遺族にお伝えすること。
○ 葬祭費などの必要経費を日本政府が負担すること。
○ 強制連行朝鮮人の遺骨調査にあたっては、きちんと死亡調査を行うこと。
この4つの中で、日本政府が直接、謝罪の意を表すること、遺族を日本に招く費用と弔慰金を負担することが決まった。しかし、惜しいことに日本政府は、言論は一向公開せず、非公式の式典にしようとするらしい。
ここに至るまでどれほど時間が掛かっただろうか。戦争中に犠牲にされた朝鮮人の遺家族がどれほど深い悲しみに堪えた日々を送ってきただろうか。その歴史的な瞬間を公開しない理由がまったく納得できない。
犠牲にされた徴用者らは、当時戦争に日本臣民として出征し、終戦後は朝鮮人だという口実で補償の対象とならなかった。遺家族を日本に呼び、遺骨を返還するのだから、何より多くの人に知らせ、彼らの名誉を回復させるべきではないだろうか。
最初、厚生労働省記者クラブから厚生労働省に取材を許諾してくれるよう、申請をしたとき、遺族インタビューと、祐天寺への入退場場面の撮影と取材は許諾するとし、会場内での取材だけは禁止ということであったが、それがなぜか後ですべて取り消しされたという。
取り消しをした理由として、韓国側で要望するからと弁解しているようだが、確認したところ、そのような内容は浮説であった。韓国側でその様な依頼をするわけがない。
そして日本政府はいっさい政府の記者会見だけではなく、遺族の記者会見も許可しない方針を明らかにし、韓国委員会だけの記者会見になる見込みだが、はたしてこの事実を知る日本国民がどれぐらいいるだろう。
ここで最近、接し、感動を覚えた作家、松田解子の短編「ある坑道にて」に次のようなところがあったのを思い出す。
【声無く泣くリエの耳に、地底からの声と物音が立ちのぼって来た。その声々は叫んでいた。
「おーい、おらたちはまだ、生きているだよ。まだ呼吸(いき)して、手にもったタガネとハンマ、石ころやら棒きれでレールたたいて合図しているに、なんで、そうして廃石(がら)やら岩やら土のうやら土やらあらいざらい落としてわざと殺すんだよ、おーい、おーい、……」
そういう声と、たたかれる鉱車や鉱車レールのカーン、カーンという音の主たち二十二人にリエは声無く詫び、そして語らずにいられなかった】
朝鮮人11人日本人11人が秋田・花岡鉱山に生き埋めにされた事件を素材にした内容だが、作家は作品にその実話を刻み込むことによって、心から朝鮮人徴用者の霊を慰撫していると思う。
ところで、多くの犠牲者らの「地底からの声」は、今でも日本のどこかで聞こえているような気がしてならない。今回返還される101人の遺骨はその叫びを止めるだろうか。
せっかく韓日間に合意した画期的な内容を実行する場で、日本からの報道がなければ、その歴史的意味をどう伝えられるだろうか。その意味が半減するようで、遺憾に思わざるをえない。
遺骨返還が行われた後でも、今度のことが韓国マスコミには勿論、日本のマスコミにも話題として取り上げられ、どうにかして成熟した韓日友好の礎になればと思う。
(金正勲)
http://www.chosunonline.com/article/20071108000051
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